●●● 特別寄稿 ●●●

中小企業における
キャッシュフロー経営について

公認会計士・税理士 堀井 照重 氏


1 キャッシュフローと利益

 「キャッシュフロー」とはお金の流れのことで、企業に入ってくるお金の流れと企業から出て行くお金の流れがある。キャッシュフロー経営というのは、お金の流れに焦点をあて、事実に基づいた経営を行うことである。
 キャッシュフローは、一定期間の企業活動で得た販売代金等の企業に入ってくるお金からそのために使った仕入、諸経費等の企業から出て行くお金を差し引いた後に企業の手元に残ったお金を指すことになる。これがプラスであれば、企業の手元にお金が残り、蓄積される。これがマイナスであれば、銀行等の借入金等で賄うことになる。
 多額の設備投資や信用経済が発達しない場合においては、現金の流入が収益となり現金の流出が費用となり、キャッシュフローと利益が一致する結果となる。「収支計算」と「損益計算」が未分化の状態で会計も単純であり、経営もシンプルであった。
 企業活動は、「物」の流れと「金」の流れをもたらす。「物」の流れとは、社会的な価値の生産、消費、分配を意味し、企業は他の企業が生産した価値を消費し、自ら新たな価値を生産する。そして、生産した価値と消費した価値との差額である純生産額は、生産に参加した者に分配されることになる。「金」の流れとは、現金の収入と支出を意味する。企業は生産した価値を現金と交換し、これを他の企業から買い入れた価値の対価として支払にあて、生産に参加した者に対する分配に用いる。このように、企業活動は「物」の流れと「金」の流れの二つを生じさせる。
 企業活動にはキャッシュが必要である。通常、企業は現金の形態で株主から提供を受けるか、銀行等から借入をする。この現金を建物や設備等の固定資産の取得、商品や原材料等の棚卸資産の購入、給料や賃金の支払いにあて、これらの固定資産、棚卸資産、労働力を使って製品をつくり、それを販売して売上代金が入ってくる。このように、企業は「現金の流入」→「物の流入・現金の流出」→「物の流出・現金の流入」という「金」と「物」の循環活動を行っている。
 「物」の流れは、「損益計算」で行い、販売した製品などを作り出すために消費した金額が費用であり、販売した製品などの金額が収益である。この収益と費用との差額が利益となる。
 一方、「金」の流れは、「収支計算」で行う。このように、「物」の流れと「金」の流れの二つを認識・測定し、管理するのが会計の役割であり、「物」の流れと「金」の流れは、密接な関係にあり、企業経営にとって車の両輪のようにどちらも重要である。
 また、企業が作成する財務諸表は「物」の流れを示す『損益計算書』、「金」の流れを示す『キャッシュフロー計算書』および「物」と「金」の在高を示す『貸借対照表』の3つから構成される。企業活動は「物」の流れに関連して「収益=費用+利益」の形式で損益計算書に要約される。その役割は企業活動に基づく資本増減の由来を説明するフローの計算書であるとされる。企業活動は「金」の流れに関連して[収入=支出+現金増加]の形式でキャッシュフロー計算書に要約される。その役割は期末貸借対照表に表示されるキャッシュの残高の増減理由を説明するフローの計算書であるとされる。
 企業に投下された資本の状態は、[資産=持分]という形式で貸借対照表に要約される。資産は企業に投下された資本の経済的運用形態を示し、ここには、現金系統資産(金)と費用系統資産(物)が計上される。また持分は、企業に投下された資本の法律的源泉形態を示し、債権者持分(負債)と株主持分(資本)とに大別される。このように貸借対照表の資産は資本の運用形態を表し、持分は資本の調達源泉を表すストックの計算書であるとされる。しかも、貸借対照表は「物」の流れを示す損益計算書と「金」の流れを示すキャッシュフロー計算書の2つの流れの期間的なズレを連結する「金」と「物」の在高を示すものである。これらの関係を示すと、第1図のようになる。
 近年、期間損益計算重視の観点から発生主義に基づく損益計算は極めて精緻化されてきたが、収支計算そのものや収支計算から損益計算が導かれる過程はこれまで開示対象として考慮されてこなかった。しかし、経済環境は大きく変化し、投資家や債権者を含めたステークホルダーも企業の収益面だけでなく、企業の流動性の側面に対しても注目するようになってきている。最近、キャッシュフローは会計および経営で非常に重視されるようになってきており、利益ではなく将来どれだけのキャッシュフローを生み出す力があるのかによって企業を評価すべきであるとする考え方が一般的となってきている。

(第1図)
損益計算 収益−費用=利益
・売掛債権
 P/Lは収益として計上 C/Sは収入とならない
・固定資産
 P/Lは費用とならない C/Sは支出として計上
・棚卸資産
 P/Lは費用とならない C/Sは支出として計上
・減価償却費
 P/Lは費用として計上 C/Sは支出とならない
・引当金繰入
 P/Lは費用として計上 C/Sは支出とならない
・前受金
 P/Lは収益とならない C/Sは収入として計上
・買掛債務
 P/Lは費用として計上 C/Sは支出とならない
収支計算 収入−支出=現金
 損益計算書(P/L)
↑(インカムフローの計算書)


貸借対照表(B/S)
 (資産、持分のストックの計算書)
 損益計算と収支計算のズレが
 貸借対照表に示される


キャッシュフロー計算書(C/S)
 (キャッシュフローの計算書)

2 キャッシュフロー計算書

 キャッシュフロー計算書は貸借対照表と損益計算書に続く第3の財務諸表であり、国際的に財務諸表の1つとして位置づけられている。従来、公開企業は、有価証券報告書で資金収支表を開示していたが、資金収支表は財務諸表ではなかったので監査対象とはなっていなかった。そして公開企業はこの資金収支表に代えて、キャッシュフロー計算書を作成、開示することになり、これによって企業活動の透明性が飛躍的に向上することとなる。
 利益は減価償却方法や棚卸資産の評価方法によって大きく変わるが、キャッシュはどのような会計方法を採用しても、客観的な現金を尺度として測定されるため、ほとんど操作ができないので企業活動の成果をよく表す可能性がある。
 最近まで、損益計算書と貸借対照表の2つが財務諸表とされてきたが、設備投資の巨大化、減価償却の費用計上など発生主義に基づく会計により、利益の測定とキャッシュフローとの間の乖離が非常に大きくなってきた。このため、損益計算書と貸借対照表だけでは、期間損益の集計結果と期末時点における資産・負債のストックしかわからず、期中の企業活動を把握することができない。例えば、「黒字倒産」というような事態を予測することもできない。キャッシュフロー計算書において、キャッシュフローを営業活動、投資活動および財務活動の3つの活動区分によって把握することにより、企業活動を合理的に判断することが可能となる。
 キャッシュフロー計算書では、対象とする資金の範囲を現金及び現金同等物に限定している。そしてキャッシュフロー計算書の最も重要な特色は3つの活動区分によってキャッシュフローを表示することにある。「営業活動によるキャッシュフロー」とは、商品および役務の販売による収入、商品および役務の購入による支出等、営業損益計算の対象となった取引のほか、投資活動および財務活動以外の取引から生ずるキャッシュフローで、経常的な事業活動によって企業が一定期間に稼ぎ出したキャッシュフローである。もし営業活動によるキャッシュフローが長期間にわたってマイナスになれば、この企業は危険である。本来的には営業活動から得られる利益こそがキャッシュの大きな源泉だからである。「投資活動によるキャッシュフロー」は、固定資産の取得および売却、現金同等物に含まれない短期投資の取得および売却等によるキャッシュフローである。具体的には、設備投資や有価証券投資等に資金がどれだけ使われたかを示す。通常、営業活動によるキャッシュフローと投資活動によるキャッシュフローの合計がプラスであれば、資金繰りに余裕があることになるが、マイナスであれば、新たに資金を調達する必要が生ずる。「財務活動によるキャッシュフロー」は、株式の発行による収入、社債の発行・償還および借入・返済による収入・支出等であり、資金の調達および返済によるキャッシュフローである。
 さらに、営業活動によるキャッシュフローの表示方法には、継続適用を条件として、直接法と間接法の2つの方法が認められている。直接法は、仕訳の段階で基礎データを作成する必要があり実務上手数を要する方法である。長所として、主要な取引ごとにキャッシュフローを総額表示するので、キャッシュフローの増減をもたらした収入と支出が各項目ごとに明確になる。間接法は、損益計算書の「純利益」からスタートして、損益計算書の減価償却費などの現金の動きを伴わない項目と貸借対照表のキャッシュの増減項目を加減・調整して作成するもので、実務上作成が比較的容易である。長所として、損益計算書に計上された純利益と、営業活動に係るキャッシュの正味増減額との関係が明瞭に表示されることである。
従来、企業の経営状況を判断するのに損益計算書と貸借対照表の2つだけであったが、キャッシュフロー計算書の導入によって、キャッシュフローおよび差額としてのキャッシュが示されることになった このようなキャッシュフロー計算書の導入は、従来の「損益」を重視する会計から「キャッシュフロー」をも加えて総合的に経営を判断する会計への変革を意味している。キャッシュフロー計算書の構造をまとめると第2図のようになる。

(第2図)
資金の範囲・・・現金および現金同等物
キャッシュフロー計算書の3区分・・・活動区分別表示(3区分)
(1)営業活動によるキャッシュフロー
   直接法と間接法の2つの表示方法
(2)投資活動によるキャッシュフロー
   総額表示が原則
(3)財務活動によるキャッシュフロー
   総額表示が原則

3 キャッシュフロー経営

 これまでは、企業は利益を計上し、それを安定的に継続できる見込みがあり、さらに、過去の含み益があれば、銀行は融資を行ってくれた。しかし、これからは銀行自体の経営も健全とはいえず、経済環境も分け合うパイが大きくならない状況にある。したがって、銀行からの融資をあてにした経営をしてはいけない時代が始まっている。借入金によって資金繰りができる時代は終わった。このように資金繰りの困難な時代には、特にキャッシュフローを自社で改善し、できるだけ銀行に頼らない経営姿勢が必要となる。大企業の場合には、借入金などの間接金融から株式の発行、社債の発行などの直接金融で資金を調達することも可能であるが、このような資金調達の道がない中小企業こそがキャッシュフロー重視の経営を目標としなければならない。キャッシュフロー計算書は、中小企業がこれまでの金融機関依存の企業体質を改善するために利用すべき道具なのである。
 企業は設備投資など先行投資をすればするほど表面的な利益は減少するように見えるが、それは減価償却という形で経費として処理できるため、その分が将来、利益として戻ってくることになる。つまり、設備投資などの先行投資は、企業のキャッシュフローを見ると、少しもマイナスにならないばかりか大きなプラス要因となる。設備投資やIT投資に熱心な優良企業ほど減価償却あるいはキャッシュフローが多いのが普通である。この意味では、利益よりもキャッシュフローの方が、企業の真の実力、真の経営状態を表しているものと見られる。このため、企業経営者の中にも、表面的な売上高や利益よりも、キャッシュフローを重視すべきであるという見方が急速に広がってきている。このように、キャッシュフローを重視する経営を行うことをキャッシュフロー経営と呼んでいる。
 損益とキャッシュフローには期間的なズレが生ずるが、このズレをきちんと把握していないと「黒字倒産」のようなことも起こり得るわけである。これからはキャッシュフロー情報をベースにした意思決定を機動的に行うことのできる経営組織を構築していかなければならないのである。

4 キャッシュフロー分析

 従来の「利益」だけを重視した経営目標から、「キャッシュフロー」を重視した経営目標に転換すると、どのようなことになるのか。
 まず、企業価値の評価をキャッシュフローによって行うことが支持を得ることになる。企業活動の最後の目標はキャッシュであり、キャッシュフローを高める企業努力が行われることになる。利益は、競争力のある商品の開発、営業努力、原価管理等のさまざまな企業努力の結果である。しかし、通常、この損益の管理は重視されながら、売上は伸ばしたものの滞留債権を発生させたり、過大在庫をかかえたりする。キャッシュフローの追及は、利益だけでなく資金の目標管理を行うことである。また、従来から総資本利益率の目標値を持つことが行われていたが、それも利益の追求だけでなく資本の効率性を高めることであり、売掛金の回転期間や在庫の回転期間等の目標管理を進めてきている。しかし、キャッシュフローの目標管理では、ストレートにキャッシュフローの金額に結びつくことが優れているといえる。さらに、キャッシュフロー重視の経営が優れているところは、「フリーキャッシュフロー」を明確に意識した経営を目指す点にある。すなわち、「営業活動によるキャッシュフロー」で計算されたキャッシュの残高は、そこから新規事業への投資にあてたり、借入金の返済などに使用されるが、すべてが企業の自由になるわけではない。ここで、キャッシュフロー計算書を分析するうえで重要なものとしてフリーキャッシュフローという概念が生まれる。フリーキャッシュフローとは、企業が本当に使えるキャッシュはいくらであるかを示すものであり、フリーキャッシュフローを計算することが経営管理の観点からも、また、企業の業績を示すうえでも重要である。「フリーキャッシュフロー」は、営業活動によって得たキャッシュフローから「現事業維持のために使われるキャッシュフロー」を控除したものとされる。したがって、このフリーキャッシュフローは新規事業の展開、株主への増配および借入金の返済に使用できることになる。フリーキャッシュフローが大きければ大きいほど、企業の成長、債務の減少、配当金の増加に使用できるキャッシュが多いことを意味する。そして、キャッシュフローとしての業績評価は、このフリーキャッシュフローで見るのが一番適当であるとされる。
 企業は、従業員、取引先など企業をとりまく利害関係者であるステークホルダーのうち、企業に対し最もリスクをとっている株主のために、経営者は株主価値を最大化することが使命とされる。このような「株主のための経営」がグローバルスタンダードになってきている。この株主価値を高める手法としては、企業価値の増大をはかることである。これは、営業活動によって得られるキャッシュフローを最大化する経営、すなわちキャッシュフロー経営によって実践される。
 キャッシュフロー経営とは企業の儲けを会計上の利益ではなく、キャッシュがどれだけ増加したかで測定するキャッシュフローに着目した経営管理スタイルでもある。キャッシュフローがこのように注目されるのは、損益計算書で計算される会計上の利益では必要十分な経営上の管理指標となり得ないという認識があるためである。つまり損益計算書での利益も当然重要ではあるが、キャッシュフローも同時に管理しなければ、企業の存続という最も基礎的な前提が崩されることになるからである。また、会計上の利益は、そもそも、資金をどの時点でどれだけ使って、どの時点でどれだけ回収して、金利コストをも考慮して結局どれだけ儲けたかという経営管理で最も重要なポイントに対する答えを示していない。
 キャッシュフロー経営の本質は、まず第一に資本効率を高めることにあり、資金を有効利用することである。この場合、資本コスト以下でしか利用できていないと企業価値自体が小さくなり、投資家からみた投資価値も減少することになる。次に、将来を見据えることであり、将来、長期的に獲得するキャッシュフローを最大化して企業価値を高めることが目標であり、短期的な会計上の利益を追求するあまり、必要な投資が抑制されることを避けなければならない。
 日本においても、キャッシュフロー経営を実践している経営者は多く存在している。無借金経営を経営課題としている経営者達である。その本質は、キャッシュフロー計算書でいう「投資活動によるキャッシュフロー」を「営業活動によるキャッシュフロー」で十分に賄い、その差額を将来的に最大化することを目的とするものであり、これこそ正にキャッシュフロー経営の真髄である。


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